14節 キリストがわたしたちのために御自身を献げられたのはわたしたちをあらゆる不法から、 贖い出し、良い行いに熱心な民を御自分のものとして清めるためだったのです。 罪の奴隷だった私達を憐れみ神様が独り子イエス様を身代りにされ十字架に架けられた。 それは人々を罪から助け出し神の民、神の家族として清め... 続きをみる
2019年5月のブログ記事
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テトスへの手紙 1章15節 清い人には、すべてが清いのです。
15節 清い人には、すべてが清いのです。だが、汚れている者、信じない者には、何一つ 清いものはなく、その知性も良心も汚れています。 イエス様を信じ洗礼を通して新しく生まれ変わり清められました。私の罪を赦すため、 身代りに十字架に架かられたイエス様のみ言葉を学ぶ中で清められたいと祈りました。 いつも... 続きをみる
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7節 わたしは戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。 いけにえとして献げられ世を去る時を前にしパウロは戦い抜き、夢中で走り通し信仰を 守り抜いたと言い切っている。捕えられ命の危険と不自由な牢獄生活の中にある時にも 決して信仰を捨てるとの選択肢はパウロには全くなかった... 続きをみる
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Ⅱテモテへの手紙 3章16節 聖書はすべて神の霊の導きの。。。
16節 聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、 義に導く訓練をするうえに有益です。 聖書は人が書いたには違いないけど書くべき言葉を神の霊が導き伝えて書かせたのは 神様なのです。聖書はすべて真実だと信じます。神様のみ言葉だからとしか言えない。 聖書を通し神様の教えを学び気... 続きをみる
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9節 この福音のためにわたしは苦しみを受け、ついに犯罪人のように 鎖につながれています。しかし、神の言葉はつながれていません。 テモテに私の子よ、強くなりなさい、共に苦しみを忍びなさいとパウロは呼びかける。 自分は鎖につながれているけれども、どんな時にも神様のみ言葉の恵みは支え続けて 励ましてくだ... 続きをみる
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Ⅱテモテへの手紙 1章9節 わたしたちの行いによるのではなく、
9節 神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたしたちの 行いによるのではなく、御自身の計画と恵みによるのです。この恵みは、永遠の昔に キリスト・イエスにおいてわたしたちのために与えられ 神様がお招きになり救いをお授けくださったのは、自分達が頑張った等の行いではなく ご... 続きをみる
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7節 なぜならば、わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って 行くことができないからです。 母の胎にいる時も誕生後も今も自分の物は何も無い中で、すべて神様に養われました。 振り返れば家族も友も、そして何より大切な決して消えない信仰を頂いていたのです。 歩む中で試練も備えられ自分... 続きをみる
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25節 同じように、良い行いも明白です。 そうでない場合でも、隠れたままのことはありません。 善い行いは誰の眼にもわかる、その時にはわからなくても光に出されて周りの人たちも 気付くようになる。良くない行いの場合、本人が隠そうとしていても神様の御前に隠す 事はできない。神様はすべてをご存じなので、悪... 続きをみる
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10節 わたしたちが労苦し、奮闘するのは、すべての人、特に信じる人々の救い主である 生ける神に希望を置いているからです。 パウロは労苦し奮闘しても絶望せず希望を持ち続けるのは真の神様を信じる信仰ゆえと 言っている。罪ある者のためにイエス様は十字架に架かられ死から復活され今も生きて 皆と共におられる... 続きをみる
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15節 行くのが遅れる場合、神の家でどのように生活すべきかを知ってもらいたいのです。 神の家とは、真理の柱であり土台である生ける神の教会です。 信じる者の集まる教会は神の家族たちの「神の家」なのです。教会は建物ではなく神様に 招かれたキリストを信じている人々の集まりの場。教会には神様が造られた者に... 続きをみる
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1テモテへの手紙 2章4節 すべての人々が救われて真理を知るように
4節 神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。 神様が願われるのはすべての人が救われること。男も女も幼子も病気や障害の人にも 条件を付けずにご愛を注がれている。自分中心で弱い惨めな者と気づく時、生きていく ことに疲れた時や虚しさを覚えた時、何のために生まれてきたかと... 続きをみる
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1テモテへの手紙 1章15節 イエスは、罪人を救うために世に来られた
15節 「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、 そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者です。 イエス様は罪人を救うために来られたのは本当のこととパウロもきっぱりと言います。 私もイエス様を知る前は罪ということと自分とが結びつかなかった。... 続きをみる
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Ⅰテサロニケの信徒への手紙 5章16~18節 喜んで絶えず祈りどんなことにも感謝 いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。 これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。 29日に無事帰国しました、お祈りをありがとうございました。 4/1... 続きをみる