夫、退院。入院中の息子、目尻に涙。胆嚢摘出か、残しておくか?
1ペテロ5章7節
思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。
神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。
夫はTAVI手術を終えて帰宅でした。9日間の入院で3食毎回完食の優等生、リハビリも
頑張って歩く姿に期待でき復帰も早いぞと期待大でした。ところがなんとあっという間に
入院前に逆戻り。食事を前に下を向きじいっと。やっと箸をつけたと思っても中々進まず
何とか食べてもこれ以上は無理。食べ終わると横になり息が苦しいと訴えて来るのです。
息子の面会に夫だけ留守番させるわけにいかず、夕食介助を兼ねて夫も一緒に行きます。
ようやく胆嚢のドレーン外れ、胆嚢が実際に機能しているか検査をしてみて正常に戻れば
摘出せずに外来で経過観察をとの方針に。ダメだったら全身麻酔で摘出となるそうです。
初めは摘出と聞いていて再発もないしいいかと思っていたのですが、医師に任せるしか。
昨日はホームの看護師さんもお見舞に来られ、夕食の献立を見てお帰りになられました。
息子も頭を撫でてもらい和らいだ表情を浮かべてました。夕食では飲み込みが今一つで
何回かゴホゴホとしていたけどついにエプロンを外そうとするのでもういいの?と聞き
お終いに。息子と共に神様にお守りくださいと祈りをお捧げしアーメンと唱えました。
夫はあまり長く居ると疲れるので帰らねばならず息子のそばにもっといてあげたい思いが
あるけど息子に「お父さんもまだ具合が悪いので帰るね。ごめんね」と伝えるしかない。
息子の頭を撫でて顔を見ると目尻に涙が。イエス様、息子についていてねと祈るしか。
なぜ一緒に帰れないか理解できず毎日不安ばかりの中で生きていると思うとたまらない。
自分が二人いたらと思ったのは今に始まったことじゃなかった。息子が生れた時から
何度も入退院を繰り返し、その都度長女は母に頼んでみてもらっていた。夫と一緒に
お見舞いに来てくれて二人が帰る時、娘に淋しい思いをさせてしまってとつらかった。
3か月頼んでいた時は娘は自宅に帰り「おばあちゃんちに帰る」と泣き私も泣いたっけ。
振り返るとどんな経験もすべて無駄にはなっていなかったことを思います。娘も母になり
3人の娘を育てているけど忍耐強くなっていました。自分ができなかったことを娘たちに
させたいと夫と協力して育ててる。孫達も学校の礼拝の時、おじいちゃんの手術がうまく
行くよう、皆に祈ってもらったとのメール。思い煩いを神様にお任せしたい、祈ります。
このブログへのコメントは muragonにログインするか、
SNSアカウントを使用してください。